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プロフィール

『稼げる個人』を育成するスペシャリスト!

白石 慶次
株式会社OnLine 代表取締役

『稼げる個人』
を育成するスペシャリストとして、
年間120回の企業研修、講演、セミナー活動を行っている。

『ドクターが通う病院』ならぬ、『コーチのコーチ』としても全国的に有名で、彼のもとで学んだ『稼げる個人』が全国で数多く活躍している。
また、クライアントには有名著者も多い。

2001年、大学卒業後、地元福岡のシステムコンサルティング会社に入社。
IT分野のコンサルタントとして、コンピュータシステムの設計・開発業務に従事する傍ら2005年より教育担当として、『主体的に行動できる人材の育成』をテーマに人材育成業務に従事。

また、2006年より、富士通ラーニングメディア認定講師として、富士通定期講習会及びオンサイト教育、新入社員研修の講師を担当する。
2008年に独立し、人材育成コンサルタント、および企業研修講師として業務を遂行。
一般企業のみならず、官公庁、医療法人、学校法人での研修実績を持つ。
2010年、世界№1の目標達成スキルを持つマイケル・ボルダックのもとで目標達成スキルをマスターし、現在は福岡のみならず、全国各地でセミナー活動を行いながら、個人の夢実現・目標達成をサポートしている。

 

 

1978年福岡生まれ。
大学卒業後、IT企業にSEとして入社。
一連のプロジェクトを取り仕切った後、大手情報機器メーカーでの技術指導などを担当。

しかし、中学生時代に親友の裏切りによって作られていたトラウマがきっかけとなり、
人間不信に苛まれる。
「嫌われているかもしれない」「本心は違うかもしれない」と
常に他人の評価、価値観を気にすることで、次第に自分に対する自信を失ってしまう。

また、やりたいことが見つからず、充実感の持てない日々を過ごす。

そんな中、27歳の時に自らの人生に大きな『革命』をもたらす出来事が起きる。

友人の誘いを断れずに参加した研修で、メンターと運命の出逢いを果たす。
研修初日の感想を壇上で発表する場において、
チャンスは自らの意思と決断によってしか得られないことを体感。
2005年から同氏に師事し、研修トレーナーとして活動を開始する。
2008年には企業研修講師・メンタルトレーナーとして独立を果たす。

しかし、メンターとの別れや思いもよらぬ形で大きな借金を背負うなど、
理想と現実のギャップから絶望の底に叩き落とされる。
それでも、数々の局面で「決断」することによって逆境をチャンスに変え、乗り越えてきた。

自らの意思で前進を続け、「決断力」こそどんな状況においてもチャンスを引き寄せ、
人生を切り開き、思い通りの結果に導くための最大の要因であることを確信。
以降、年間講演回数120回、受講者総数3,000人という圧倒的実績に裏付けられた
「稼げる個人を育てるスペシャリスト」として、
企業、個人、起業家のメンタルトレーナー&コンサルタントとして活躍の場を広げている。

会社や資格等に頼ることなく『自分の力で稼ぐ』ということは、
人の役に立ち価値を提供できているという証。この体験を通して、
より『自分自身の価値』を認識することが出来る。
やりたいことを探すのではなく、今の自分に備わっている価値に目を向けてもらうことで
受講生に最短で成果をもたらしてきた。

 

以下、『働く女性を応援する情報誌アヴァンティ 2015年10月号』掲載のインタビュー記事より抜粋

 

『多くの人が自分の歩んできた人生を過小評価しているんですよね。
全く同じ経験をしてきた人なんて存在しない。
どんな人にも与えられた役割というものがあり、その人にしかできない事があるが、
 自分ではそれは見えてこない。
これまでの人生を活かして他人に貢献することで初めて自分の価値を知ることができ、
 本来の自分へと自然に導かれるものなんです。』
と笑顔で語る彼からは、これからの時代に求められる『生き方』の答えが垣間見えたような気がした。

自分の力を最大限に使い切り、輝きながら活躍できる舞台を模索している方は、
是非一度、彼のドアをノックしてみて欲しい。
既に多くの人達があなたと同じように勇気を出して一歩踏み出し、
短期間で信じられない成果を手にしているのだから。

 

才能育成 × 対人ビジネスのアウトスタンダー

葉山 倖成
プレジデンツトレーナー

30代の経営者・個人事業主を中心にクライアントが抱えているプレッシャーや
周囲からの過度の期待から解放し「本当に望んでいる現実を明確にし実現させる」
サポートを行っている。

じぶんブランド革命プロジェクト!では、1年間で300名を超える受講者に
起業家としてのマインド、スキル、コミュニケーション力をトレーニングし
約90%の受講者が全くのゼロからたったの3ヶ月でクライアント獲得に成功している。

潜在意識にアプローチする質問力の高さを持ち
その人が持つ優れた才能を引き出すことで
自己確立だけでなく、現実的な成果まで結びつける戦略に定評があり
彼の元へ足を運ぶ相談者は後を絶たない。

1978年熊本県熊本市生まれ

2013年、経営していた中華料理店の閉店を期に「自分の経験を誰かの役に立てたい」と
コンサルタント業を開始するも、全く成果は上がらず半年間で獲得したクライアントは3名。
収入も売上も上がらず、誰かの役に立つどころか自分のことすらままならない日々を過ごす。

「とにかく収入を得なければ…」と
アフィリエイトやYoutubeやMLMビジネスなど当時流行りのビジネスに手を広げるも
《 何のためにビジネスをするのか? 》という目的を完全に見失う。

そんな中、顧客の声を代弁するプレゼン能力が好評を得て
熊本大手住宅メーカーのプレゼン代行顧問となり
太陽光発電システムを中心に就活生向け企業説明会プレゼンターとして活躍し
新入社員研修なども手掛ける。

その功績から、IT企業、外資系WEB広告企業からもオファーが来るようになり
全国で商品代行プレゼンターとして活躍するきっかけとなる。

しかし、同時期に始めた投資事業に失敗。
4ヶ月で900万円を損失し、700万を超える借金を負うことになる。
借金返済のために始めた新規事業も人間関係のトラブルで経営破綻。
3ヶ月で3000万円の負債を背負うことになり、瞬く間に人生のどん底へ叩き落とされる。

人生に対する希望を失くし、自分自身を責め続ける日々を過ごしながら
自らの命すら捨ててしまおうかとマンションのベランダから身を投じることすら頭をよぎるようになる。

そんな状況の中、どうしても自分の可能性を諦めることができず
「じぶんブランド革命プロジェクト!福岡2期生」の説明会へ参加し
人生を大きく変えるきっかけとなった「白石慶次氏」と出会う。

「目の前の現実は、自分が“好きで”選択してきた結果」

この言葉を聞き、今自分が苦しいのも自分が選んでいることだということに気付き
「このプロジェクトなら本物・本質が学べるかもしれない」と人生の再起をかけ
知人から受講費を借り、プロジェクトに参加する。

「人生、じぶんが源」

人生は自分で創り出していることを深く理解し
コーチングスキルと目標達成スキルをマスターする。

プロジェクト期間内の2ヶ月で売上げたクライアント契約は1019万円。
プロジェクト参加者71名中1位を獲得し人生を再起させることに成功する。

自らに起きた変化・気付きをクライアントへも実施し
クライアント自身が初めて達成する実績を創り出す姿を見て
「これだ!!!」「この喜びをもっと味わいたい!!」と思うようになり
本格的にコーチとしての活動を始める。

2016年、じぶんブランド革命プロジェクト!4期大阪では
講師として初登壇し、受講者全員をクライアント獲得へ導く。

これらの実践を通じて、コーチングスキルだけでなく
才能を開花・育成するトレーニングスキルや
本質を見出すコミュニケーションスキルを習得し
福岡・大阪・東京を中心にトレーナーとしての活動を拡大する。

「理想の未来と今をしっかりと繋ぎ、本来の“じぶん”を覚醒させること」を
自らのミッションとし、人と人が深いコミュニケーションで関わり合い、
身近な人をより豊かにできる社会創りをビジョンとして
人財育成・開発に尽力している。

「経験の全てに意味があり、自分の経験は必ず誰かの役に立てることが出来る」
「自己確立だけではなく、現実的な成果の両方を得てこそ豊かな人生となる」

という彼の言葉からは強い確信が伝わってくる。

 

 

NLP&催眠療法のスペシャリスト!

佐藤 晋也
マーケティング統括ディレクター

NLPと催眠療法、Wのトレーナー資格を持つ他、世界基準のコーチング資格も有する。

人間の心理に対して深い造詣を持ち、人の感情や行動原理に基づいた独自のストラテジーで株式OnLineの屋台骨を支える。

マーケターとして12年、プロフェッショナル・コーチとしては6年の実績を持つが、その全ての期間を会社に属さず個人で渡り歩いてきた『叩き上げの現場の人』。

2005年、30歳の時に独立。

独立といっても多くの人がイメージするようなカッコイイものではなく、『会社員として真っ当に生きること』の息苦しさに耐えられなくなり、社会からドロップ・アウトするかのような独立だった。

お金も、お金を稼ぐ術も何もない中、部屋にあった一台のデスクトップパソコン。

『とにかく何もないところからお金を作るには…』と、当時行き着いたのは、WEB制作だった。

当時の業界はまだレベルが低く、特に地方であれば、素人でも少し頑張れば何とか成る業界だった。

そこで『売るものを創ること』と『その売るものを売ること』というビジネスの根本部分を経験から学ぶ機会を得る。

2010年。

年収は概ね1000万円程度を推移し、ビジネスは順調に進んでいた。しかし何とも言えない『欠乏感』を感じていた。

喰うために必死だった日々には、感じる余裕さえなかった欠乏感。

『パソコンさえあれば、喰っていける生活』

一件、羨ましく見えるようなこの生活は、裏を返すと『パソコンしか必要のない生活』だった。

一日の大半をパソコンの前で過ごしている自分に気づいた時、ふとこう思った。

『俺は60歳になっても、ずっとパソコンの前で過ごしている人生なんだろうか…』

この背中が薄ら寒くなるような未来の姿を想像した時、独立してから創り上げてきた全てを捨てて、新しい人生を歩み始めることを決意する。

ある意味では、人生で2度目の独立。

以前と違うところは、『お金と時間がある』ということ。

蓄えていた貯蓄を使い、『2年間はとにかく学ぶ』ということを決め、昔から興味のあった『人間心理の勉強』を始める。

NLP、催眠療法、コーチングと矢継ぎ早に学んでいき、NLPと催眠療法に関しては、まだ当時珍しかったトレーナー資格まで取得する。

2年という時間と、約600万円という投資額。これで『対人支援をビジネスにできるんだ!』と信じて疑わなかった。

しかし現実は残酷なもので、一切クライアントを獲得できないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

この頃、1000万円以上あった貯蓄は数万円にまで減っていた。

『このままだと来月にはパンクする。またWEB制作を始めるか?いや、それはしない!もう決めたんだ!』

しかし実際にどのような手立てを打てばいいのか分からない…そんな暗闇の最中、知人から白石慶次を紹介され、彼の主催する『じぶんブランド革命プロジェクト!』への参加を勧められる。

『これを最後の投資にしよう…』

もう既に投資する金など残っていなかったが、最後の希望にかけ、何とか参加費をかき集め、じぶんブランド革命プロジェクト!一期生としてプロジェクトに参加する。

このプロジェクト参加期間3ヶ月で、実際に得た収入は806万円。

全参加者中、2番目の成績だった。

プロジェクト終了後も、プロジェクト期間に身に着けたスキルを活用し、次々とクライアント獲得していく。プロジェクト期間で得た収入は806万円だったが、終了後2ヶ月で、更に718万円の収入を得ることに成功する。

2年で自己投資した600万は、わずか5ヶ月で3倍近くになって還ってきた。

その後、白石慶次のビジョンに共感し、株式会社OnLineで活動を共にする。

座右の銘は『神仏を尊び神仏を頼らず』。

いついかなる時でも己を信じ、歩み続けることで、欲しい未来は手に入るのだと、心から信じている。

 

 

女性のLifeデザイナー

渡邉愛
女性のLifeデザイナー

自分自身、経営者である経験から、同じく経営者であるクライアントの苦悩をビジネス、プライベートの両面から紐解き、解決していく『経営者専属のエグゼクティブコーチ』という顔、

そして『女性である』ということに喜びと誇りを持ち、『女性としての美しい自立』を促す『女性のLifeデザイナー』という2つの顔を持つプロフェッショナルコーチとして活動中。

表立って宣伝、告知をすることなく、その噂は口コミで広がり、紹介に次ぐ紹介でクライアントは後を絶たない。

1981年、熊本県生まれ

大学在学中、弟、妹の精神的な病がきっかけで、『人はなぜ苦しむのか?』という、その後『自身の人生のテーマとなる課題』に直面する。

独学に限界を感じ、専門的に心理学を学び始めるものの、どんどんと悪化していく家族の問題に、自分自身の心も蝕まれていく。

家族間の問題をサポートしながらも、自身の自立のため、夢だった飲食店を25歳でオープンさせる。

持ち前のバイタリティと明るさでお店は繁盛し、5年で3店舗まで拡大していくが、改善しない家族の問題と、同時期に経験した自身の離婚をきっかけに、心身のバランスが崩れていく。

この時期、更に心理への理解を深めるため、NLP、コーチングについて学ぶ機会を得る。

そこで学んだ知識や技術を活かし、徐々に家族間の問題も好転、精神的な病に苦しみ続けていた妹を社会復帰させる経験を得る。そして同じ時期に2度目の結婚。

一見、人生全般が好転し始めたように見えるが、この結婚はわずか半年足らずで崩壊。2度目の離婚を経験する。

『自分以外の事柄は好転しているのに、なぜ私の人生は望むような現実にならないんだろう…』

この時期これまでの人生において、初めて『自分の人生』について考え始める。

当時34歳。

年齢的にも2度の離婚は、自分の人生を深く考えさせるには十分な理由になった。

そんな状況の中、福岡で白石慶次氏と出会い『じぶんブランド革命プロジェクト!』に参加する機会を得る。

自ら経営する飲食店を回しながら参加したプロジェクトの中で、多忙ではあったが多くの自問自答を繰り返す経験を通し、徐々にではあるが、次第に自分の人生についての答えを明確にしていくという経験を得る。

「私は、本当はどう在りたいのか?」

「私は、本当は何を望んでいるのか?」

自分自身と向き合う経験と、学び、身に付けた技術を用いて、プロのコーチとして生きていくことを決意する。

その決断後、飲食店を全て一括譲渡し、生活とビジネスの拠点を福岡へと移動。現在は大阪~東京へと拠点の幅を広げている。

『自分を楽しむことで、生きる喜び与えること」

自らのミッションを得た彼女は、これを拡大していくことに情熱を燃やしている。

いつしか彼女の関わった多くの女性は、彼女に憧れるようになり、クライアントである経営者は、自分の大事な人たちを彼女に紹介するようになった。

『自分の価値を認め、自分らしく輝き、生き生きとした人たちが溢れる世界を創造すること』

彼女のビジョンは決して小さなものではない。

もしかすると、彼女が生きている間に達成できるものではないのかもしれない。

しかし彼女は一切疑うことなく、自分のミッションとビジョンだけを真っ直ぐ見続けている。