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プロフィール

起業家/ソーシャル・アントレプレナー

白石 慶次
株式会社OnLine 代表取締役

株式会社OnLineの他、2つの会社を経営する起業家。ビジネスを手段として社会問題を解決するソーシャル・アントレプレナーでもある。

『ドクターが通う病院』ならぬ、『コーチのコーチ』としても全国的に有名で、彼のもとで学んだ『稼げる個人』が全国で数多く活躍している。
また、クライアントには有名著者も多い。

2001年、大学卒業後、地元福岡のシステムコンサルティング会社に入社。
IT分野のコンサルタントとして、コンピュータシステムの設計・開発業務に従事する傍ら2005年より教育担当として、『主体的に行動できる人材の育成』をテーマに人材育成業務に従事。

また、2006年より、富士通ラーニングメディア認定講師として、富士通定期講習会及びオンサイト教育、新入社員研修の講師を担当する。
2008年に独立し、人材育成コンサルタント、および企業研修講師として業務を遂行。
一般企業のみならず、官公庁、医療法人、学校法人での研修実績を持つ。
2010年、世界№1の目標達成スキルを持つマイケル・ボルダックのもとで目標達成スキルをマスターし、福岡のみならず、全国各地でセミナー活動を行いながら、個人の夢実現・目標達成をサポートしてきたが、現在は一線を退きソーシャル・アントレプレナーとして活動の幅を広げている。

 

 

1978年福岡生まれ。
大学卒業後、IT企業にSEとして入社。
一連のプロジェクトを取り仕切った後、大手情報機器メーカーでの技術指導などを担当。

しかし、中学生時代に親友の裏切りによって作られていたトラウマがきっかけとなり、
人間不信に苛まれる。
「嫌われているかもしれない」「本心は違うかもしれない」と
常に他人の評価、価値観を気にすることで、次第に自分に対する自信を失ってしまう。

また、やりたいことが見つからず、充実感の持てない日々を過ごす。

そんな中、27歳の時に自らの人生に大きな『革命』をもたらす出来事が起きる。

友人の誘いを断れずに参加した研修で、メンターと運命の出逢いを果たす。
研修初日の感想を壇上で発表する場において、
チャンスは自らの意思と決断によってしか得られないことを体感。
2005年から同氏に師事し、研修トレーナーとして活動を開始する。
2008年には企業研修講師・メンタルトレーナーとして独立を果たす。

しかし、メンターとの別れや思いもよらぬ形で大きな借金を背負うなど、
理想と現実のギャップから絶望の底に叩き落とされる。
それでも、数々の局面で「決断」することによって逆境をチャンスに変え、乗り越えてきた。

自らの意思で前進を続け、「決断力」こそどんな状況においてもチャンスを引き寄せ、
人生を切り開き、思い通りの結果に導くための最大の要因であることを確信。
以降、年間講演回数120回、受講者総数3,000人という圧倒的実績に裏付けられた
「稼げる個人を育てるスペシャリスト」として、
企業、個人、起業家のメンタルトレーナー&コンサルタントとして活躍の場を広げてきた。

会社や資格等に頼ることなく『自分の力で稼ぐ』ということは、
人の役に立ち価値を提供できているという証。この体験を通して、
より『自分自身の価値』を認識することが出来る。
やりたいことを探すのではなく、今の自分に備わっている価値に目を向けてもらうことで
受講生に最短で成果をもたらしてきた。

 

以下、『働く女性を応援する情報誌アヴァンティ 2015年10月号』掲載のインタビュー記事より抜粋

 

『多くの人が自分の歩んできた人生を過小評価しているんですよね。
全く同じ経験をしてきた人なんて存在しない。
どんな人にも与えられた役割というものがあり、その人にしかできない事があるが、
 自分ではそれは見えてこない。
これまでの人生を活かして他人に貢献することで初めて自分の価値を知ることができ、
 本来の自分へと自然に導かれるものなんです。』
と笑顔で語る彼からは、これからの時代に求められる『生き方』の答えが垣間見えたような気がした。

自分の力を最大限に使い切り、輝きながら活躍できる舞台を模索している方は、
是非一度、彼のドアをノックしてみて欲しい。
既に多くの人達があなたと同じように勇気を出して一歩踏み出し、
短期間で信じられない成果を手にしているのだから。

 

才能育成 × 対人ビジネスのアウトスタンダー

葉山 倖成
プレジデンツトレーナー

30代の経営者・個人事業主を中心にクライアントが抱えているプレッシャーや
周囲からの過度の期待から解放し「本当に望んでいる現実を明確にし実現させる」
サポートを行っている。

じぶんブランド革命プロジェクト!では、1年間で300名を超える受講者に
起業家としてのマインド、スキル、コミュニケーション力をトレーニングし
約90%の受講者が全くのゼロからたったの3ヶ月でクライアント獲得に成功している。

潜在意識にアプローチする質問力の高さを持ち
その人が持つ優れた才能を引き出すことで
自己確立だけでなく、現実的な成果まで結びつける戦略に定評があり
彼の元へ足を運ぶ相談者は後を絶たない。

1978年熊本県熊本市生まれ

2013年、経営していた中華料理店の閉店を期に「自分の経験を誰かの役に立てたい」と
コンサルタント業を開始するも、全く成果は上がらず半年間で獲得したクライアントは3名。
収入も売上も上がらず、誰かの役に立つどころか自分のことすらままならない日々を過ごす。

「とにかく収入を得なければ…」と
アフィリエイトやYoutubeやMLMビジネスなど当時流行りのビジネスに手を広げるも
《 何のためにビジネスをするのか? 》という目的を完全に見失う。

そんな中、顧客の声を代弁するプレゼン能力が好評を得て
熊本大手住宅メーカーのプレゼン代行顧問となり
太陽光発電システムを中心に就活生向け企業説明会プレゼンターとして活躍し
新入社員研修なども手掛ける。

その功績から、IT企業、外資系WEB広告企業からもオファーが来るようになり
全国で商品代行プレゼンターとして活躍するきっかけとなる。

しかし、同時期に始めた投資事業に失敗。
4ヶ月で900万円を損失し、700万を超える借金を負うことになる。
借金返済のために始めた新規事業も人間関係のトラブルで経営破綻。
3ヶ月で3000万円の負債を背負うことになり、瞬く間に人生のどん底へ叩き落とされる。

人生に対する希望を失くし、自分自身を責め続ける日々を過ごしながら
自らの命すら捨ててしまおうかとマンションのベランダから身を投じることすら頭をよぎるようになる。

そんな状況の中、どうしても自分の可能性を諦めることができず
「じぶんブランド革命プロジェクト!福岡2期生」の説明会へ参加し
人生を大きく変えるきっかけとなった「白石慶次氏」と出会う。

「目の前の現実は、自分が“好きで”選択してきた結果」

この言葉を聞き、今自分が苦しいのも自分が選んでいることだということに気付き
「このプロジェクトなら本物・本質が学べるかもしれない」と人生の再起をかけ
知人から受講費を借り、プロジェクトに参加する。

「人生、じぶんが源」

人生は自分で創り出していることを深く理解し
コーチングスキルと目標達成スキルをマスターする。

プロジェクト期間内の2ヶ月で売上げたクライアント契約は1019万円。
プロジェクト参加者71名中1位を獲得し人生を再起させることに成功する。

自らに起きた変化・気付きをクライアントへも実施し
クライアント自身が初めて達成する実績を創り出す姿を見て
「これだ!!!」「この喜びをもっと味わいたい!!」と思うようになり
本格的にコーチとしての活動を始める。

2016年、じぶんブランド革命プロジェクト!4期大阪では
講師として初登壇し、受講者全員をクライアント獲得へ導く。

これらの実践を通じて、コーチングスキルだけでなく
才能を開花・育成するトレーニングスキルや
本質を見出すコミュニケーションスキルを習得し
福岡・大阪・東京を中心にトレーナーとしての活動を拡大する。

「理想の未来と今をしっかりと繋ぎ、本来の“じぶん”を覚醒させること」を
自らのミッションとし、人と人が深いコミュニケーションで関わり合い、
身近な人をより豊かにできる社会創りをビジョンとして
人財育成・開発に尽力している。

「経験の全てに意味があり、自分の経験は必ず誰かの役に立てることが出来る」
「自己確立だけではなく、現実的な成果の両方を得てこそ豊かな人生となる」

という彼の言葉からは強い確信が伝わってくる。

 

 

じぶんヒーロー型起業家育成のスペシャリスト

比嘉 友彦
じぶんブランド革命プロジェクト!トレーナー

個人の中に眠る、人それぞれ固有の資質を育み、開花させる『じぶんヒーロー型起業家育成』のスペシャリスト。

彼のもとで『自分の人生の主人公』として生きることを決め、自分の中に眠るヒーロー性を開花させた人たちは数知れず、今の日本という時代において重要な役割を果たす起業家を生み出すことに、日夜情熱を燃やし続けている。

また、ビジネスパーソンなら誰もが知る世界有数の某ビジネスコミュニティにおいて、ディレクター・コンサルタントとして現場の指揮系統を統括する『九州を代表するトップリーダー』という顔も併せ持っている。

1974年、兵庫県尼崎市生まれ。

20歳の時に経験した阪神・淡路大震災から、『自分が生かされた意味』を考えるようになる。

直撃を受けた出生地は瓦礫の山。

『何とかこの街に役立てることは無いのか…』

その想いから、体力に自信のあった若かりし日の自分を解体業者に投げ渡し、震災復興に日夜汗を流し、街の再建・再生に命を燃やした。

気づくと復興のために6年という歳月を捧げ、いつの間にか26歳になっていた。

完全とは言わないまでも、ある程度落ち着いた神戸の街を眺めながら、次第に『自分自身の人生』について考えるようになった。
そんな中、ふとしたきっかけでフレンチレストランに職を得て、いわば『新たな人生』がスタートする。

元々持っていた情熱と貢献の精神、そして努力が実り、次第に責任あるポジションを任せられるようになった時、オーナーから『店舗移譲』の話を受ける。
これを機に起業し、自分の城としてスペインレストランのオーナーとなる。

とは言え、移譲には高額の資金が必要だった。
これと言って蓄えがあったわけではないが、移譲の話が出た時からほのかにくすぶり始めた『自分の店を持つ』という想いは消えず、何とか資金を捻出し、ついに一国一城の主となった。

とにかく良く働き、プライベートな時間など1ミリも無かった。
しかし毎日が充実していた。

働きに働いた成果もあって、業績は順調に推移、一年後には事業拡大に踏み切り、店舗は一気に8店舗まで増えていった。
まるで絵に描いたような成功物語であったが、急激な事業拡大は気づかぬ内に様々な歪を起こし始めていた。

共に店舗運営を行っていた仲間の背信行為、キャッシュフロー問題や現場での指揮系統の乱れ、それに伴う従業員の急激な定着率の悪化など、今まで勢いだけで騙し騙しやってこれた問題が一気に吹き出し始め、雪崩のごとく会社は運営の危機に。

業績も悪化の一途を辿り、あっという間に廃業を余儀なくされた。

運営する8店舗の頂点に君臨し、一見華やかに見えるその栄華の足元は、浸る間もないほどの短い時間で崩れ去った。

残ったものは多額の借金と、自分の力不足を知らしめるような現実だけ。

数ヶ月はただただ苦しい日々が続き、もうこの先、何の希望も無いかのように思えた。
死を望んだ瞬間もあった。

しかしあの震災のことを思い出すと、軽々しく死のうと思うことなんて、到底できはしなかった。

『戦ってやる!命ある限り!!』

そんなある日、ある男との出会いにより、再起のきっかけを得る。

その男のもとでビジネスを学び直し、手ほどきを受け、わずか数ヶ月という短期間で再起に成功し、『人の中に眠るヒーローを覚醒させる』というミッションに出会う。

更に自身の経験から様々なものを取り込み、アップグレードする中で、ついに自分自身の『ヒーロー覚醒メソッド』を完成させ、『新たな比嘉友彦』として世に羽ばたくことになる。

『Change the way of achieving the goals of life』

個人の中に眠る、人それぞれ固有の資質を育み、開花させ、自分の中に眠るヒーロー性を開花させる。

この熱い男の有り余るほどの情熱は、今、全てその一点だけに注がれている。

 

 

栄光へと導くスペシャリスト

斉藤 敏行
じぶんブランド革命プロジェクト!トレーナー

若手起業家やビジネスパーソンを中心に個人の魂に宿る希望に光を当て栄光へと導くスペシャリスト。

彼の元で『自身の眠っている才能』に目覚め、希望に満ち溢れた人生へと歩みを進めた人は数知れず、自らのミッションを

『一人一人に宿るスターを覚醒させ、希望の架け橋となること』と定め、愛と情熱に溢れる社会づくりに全力投球している。

1984年、神奈川県茅ヶ崎市生まれ。

幼少期はわんぱくに過ごし、小学2年生から始めた野球ではスター選手として活躍。抜群の運動神経と物覚えの良さで地域でも将来を嘱望される野球少年だった。

高校の進学先に選んだのは甲子園常連で、誰もが知る強豪校。

入部早々一軍にも招集され、『将来プロ野球選手になること』に、疑いはなかった。

しかしその夢は、脆くも崩れ去る

『もう野球は諦めたほうがいい』

それはドクターからの突然の通達だった。

練習中に負った怪我の状態は、彼の予想より遥かに酷く、野球しか知らなかった少年は、その野球そのものを失った。

人生初めての挫折…

この挫折は彼の人生に大きな転機と暗雲をもたらした。

熱意と情熱を向けるものを失った彼は、野球以外にそれを求めた。

大学を卒業し、就職した建設業界では異常と思われるほど働いた。

会社からは十分な評価を受け、収入も周りから羨ましがれるほどだったが、それでも満たされることはなかった。

さらなる高みを目指して転職した大手製薬会社でも、同じように働き結果を出した。

しかしそれでも満たされず、思い出すのはいつも『無我夢中であの白球を追いかけていた自分』だった。

『おれは一生、あの頃の自分を思い出にできないのか…』

彼は渇望していた。野球以上に打ち込める何かに。そして『あの頃の自分を超える自分』と自分をこの『過去の呪縛』から救い出してくれる“なにか”を求めていた。

そんな折、彼とって運命とも言える出来事がある。

それは奇しくもこれまでは彼の空虚さを埋めることできなかった『仕事』に関わることだった。

彼はふとしたきっかけで、この世に『人の夢をサポートする仕事がある』ということを知る。

『夢〜ゆめ〜』

この一言に、心がざわついた。

自分が叶えられなかった『プロ野球選手になる』という夢。父も母も全力で応援してくれて、それがとても心強かった。

『本当にそんなことが仕事にできたら…』

そう考えると、いても立ってもいられなくなった。

彼は夢中でその仕事について学んだ。そしてまだて学ぶほど『俺はこの仕事をするために野球を諦めるという経験をしたんじゃないのか?』と思わずにはいられなかった。

そして多くの友人と顔が、頭の中に浮かんだ。

彼と同じく『情熱の注ぎどころ』が見つけられず、もがいている友人たちの顔が。

彼は仕事を始めた。与えられたものではなく、彼の魂が求める仕事を。

彼の情熱に突き動かされ、彼とパートナーシップを結んだクライアントたちは、軒並み大きな成果を出し続け、反響が反響を呼び、わずか数カ月足らずで彼は顧客を変えられないほどになった。

彼は言う。

『人は情熱を注ぐ者さえ見つけられれば勝手に輝いていく』

と…

『一人一人が胸を張ってオンリーワンの人生を歩む、愛と情熱に満ち溢れた社会』

彼の目指す社会の実現には、まだほど遠いのかもしれない。しかしそれでも彼はもう二度と、『夢を諦める』ことはしないだろう

 

 

ミッションへと導くスペシャリスト

堀内 博文 
Mission Leaders Academy 主催者

若手起業家、または起業を目指す20代を中心に、ビジネスでの結果を約束するResult Business Producerとして活躍していたが、『自分の命の使い道』を『人を目覚めさせ本来の在るべき真の姿に導くこと』と定め、現在はMission Leades Academy主催者としてさらに活動の場を大きくしている。

 

彼の主催するMission Leades Academyからは、多くのミッション・リーダーが生まれ続けている。

 

1990年、高知県生まれ。

 

少年時代は天理教の家庭という特殊な環境で育つ。

 

9歳の時のある出来事をきっかけに、『親が喜ぶこと』や『親に迷惑がかからないこと』を優先的に選ぶようになり、25歳まで自分の本当にやりたいことや、本当の気持ちなどを押し殺して生きてきた。

 

成人し、バーテンダーという仕事に就くも、心はいつも、どこか晴れないでいた。

 

仕事自体は楽しく、評価もされていた。

 

しかし『何とも言い切れない感情』が心の中から消えることはなく、仕事で口にするアルコールで、その日その日を誤魔化すように生きてきた。

 

家は天理教の家系。

 

『いずれ家を継がなくてはいけないんだろうなぁ…』

 

心の片隅には、『どうせ自分の将来は自分で決められないんだろう』という諦めと、それでも『親が喜ぶことをしてあげたい』という得も言われぬ葛藤が、物心付いた頃から消えることはなかった。

 

そんなある日、知り合いの社長から紹介されたセミナーで、自身の人生を一点させるような大きな転機を得る。

 

『社員教育のために』と参加した、とあるセミナーで、様々なレクチャーやワークを通して

 

『自分の人生を生きることに、責任を持つ』

 

と決断する。

 

それからわずか2ヶ月後、何も無い中、独立という『かねてから心の奥底にあった想い』を果たす。

 

『自分の人生を生きる!』

 

しかし現実はそう甘くはない。

 

独立後は思うように収入を得ることができず、『それでもなんとか仕事を!』と一日中歩き回って足を棒にして家に帰ると、電気が止まっており、真っ暗な部屋の中、一人帰り道のコンビニで買ったおにぎりを口にする。

 

そんな毎日だった。

 

しかしどんなに苦しかろうと、自分の『まだ見ぬ理想の将来の姿』が頭の中から消えてしまうことは無かった。

 

地道な、本当に地道な毎日の積み重ねは、ある日形になり始める。

目の前の人のために誠実に尽くすその姿勢のおかげか、徐々にではあるが、ビジネスが軌道に乗り始めていく。

 

以降、彼のクライアントが成果を出すに従って、彼のもとには到底一人で捌ききれない依頼が押し寄せるようになる。

 

クライアントの中には某、有名テレビ番組に出演する人や、全国各地で活躍する人が現れ始め、その名は口コミで広がっていった。

 

『自らの在り方で、目の前の人を人生の決断に導く』

 

人を本来の在るべき真の姿に導くというミッションのもと、彼は今日も誰かの人生に影響を与え続けている。

 

『自立した人たちで溢れ、一人一人がそれぞれのリーダーシップを発揮して、互いに尊重し合い、助け合える社会を創造すること』

 

そのビジョンは大きく、現実は到底追いついてはいない。

 

しかしそのビジョン達成を信じて疑わない今日を、今、この瞬間も生きている。

 

 

NLP&催眠療法のスペシャリスト!

佐藤 晋也
マーケティング統括ディレクター

NLPと催眠療法、Wのトレーナー資格を持つ他、世界基準のコーチング資格も有する。

人間の心理に対して深い造詣を持ち、人の感情や行動原理に基づいた独自のストラテジーで株式OnLineの屋台骨を支える。

マーケターとして12年、プロフェッショナル・コーチとしては6年の実績を持つが、その全ての期間を会社に属さず個人で渡り歩いてきた『叩き上げの現場の人』。

2005年、30歳の時に独立。

独立といっても多くの人がイメージするようなカッコイイものではなく、『会社員として真っ当に生きること』の息苦しさに耐えられなくなり、社会からドロップ・アウトするかのような独立だった。

お金も、お金を稼ぐ術も何もない中、部屋にあった一台のデスクトップパソコン。

『とにかく何もないところからお金を作るには…』と、当時行き着いたのは、WEB制作だった。

当時の業界はまだレベルが低く、特に地方であれば、素人でも少し頑張れば何とか成る業界だった。

そこで『売るものを創ること』と『その売るものを売ること』というビジネスの根本部分を経験から学ぶ機会を得る。

2010年。

年収は概ね1000万円程度を推移し、ビジネスは順調に進んでいた。しかし何とも言えない『欠乏感』を感じていた。

喰うために必死だった日々には、感じる余裕さえなかった欠乏感。

『パソコンさえあれば、喰っていける生活』

一件、羨ましく見えるようなこの生活は、裏を返すと『パソコンしか必要のない生活』だった。

一日の大半をパソコンの前で過ごしている自分に気づいた時、ふとこう思った。

『俺は60歳になっても、ずっとパソコンの前で過ごしている人生なんだろうか…』

この背中が薄ら寒くなるような未来の姿を想像した時、独立してから創り上げてきた全てを捨てて、新しい人生を歩み始めることを決意する。

ある意味では、人生で2度目の独立。

以前と違うところは、『お金と時間がある』ということ。

蓄えていた貯蓄を使い、『2年間はとにかく学ぶ』ということを決め、昔から興味のあった『人間心理の勉強』を始める。

NLP、催眠療法、コーチングと矢継ぎ早に学んでいき、NLPと催眠療法に関しては、まだ当時珍しかったトレーナー資格まで取得する。

2年という時間と、約600万円という投資額。これで『対人支援をビジネスにできるんだ!』と信じて疑わなかった。

しかし現実は残酷なもので、一切クライアントを獲得できないまま、ただ時間だけが過ぎていく。

この頃、1000万円以上あった貯蓄は数万円にまで減っていた。

『このままだと来月にはパンクする。またWEB制作を始めるか?いや、それはしない!もう決めたんだ!』

しかし実際にどのような手立てを打てばいいのか分からない…そんな暗闇の最中、知人から白石慶次を紹介され、彼の主催する『じぶんブランド革命プロジェクト!』への参加を勧められる。

『これを最後の投資にしよう…』

もう既に投資する金など残っていなかったが、最後の希望にかけ、何とか参加費をかき集め、じぶんブランド革命プロジェクト!一期生としてプロジェクトに参加する。

このプロジェクト参加期間3ヶ月で、実際に得た収入は806万円。

全参加者中、2番目の成績だった。

プロジェクト終了後も、プロジェクト期間に身に着けたスキルを活用し、次々とクライアント獲得していく。プロジェクト期間で得た収入は806万円だったが、終了後2ヶ月で、更に718万円の収入を得ることに成功する。

2年で自己投資した600万は、わずか5ヶ月で3倍近くになって還ってきた。

その後、白石慶次のビジョンに共感し、株式会社OnLineで活動を共にする。

座右の銘は『神仏を尊び神仏を頼らず』。

いついかなる時でも己を信じ、歩み続けることで、欲しい未来は手に入るのだと、心から信じている。

 

 

女性のLifeデザイナー

渡邉愛
女性のLifeデザイナー

自分自身、経営者である経験から、同じく経営者であるクライアントの苦悩をビジネス、プライベートの両面から紐解き、解決していく『経営者専属のエグゼクティブコーチ』という顔、

そして『女性である』ということに喜びと誇りを持ち、『女性としての美しい自立』を促す『女性のLifeデザイナー』という2つの顔を持つプロフェッショナルコーチとして活動中。

表立って宣伝、告知をすることなく、その噂は口コミで広がり、紹介に次ぐ紹介でクライアントは後を絶たない。

1981年、熊本県生まれ

大学在学中、弟、妹の精神的な病がきっかけで、『人はなぜ苦しむのか?』という、その後『自身の人生のテーマとなる課題』に直面する。

独学に限界を感じ、専門的に心理学を学び始めるものの、どんどんと悪化していく家族の問題に、自分自身の心も蝕まれていく。

家族間の問題をサポートしながらも、自身の自立のため、夢だった飲食店を25歳でオープンさせる。

持ち前のバイタリティと明るさでお店は繁盛し、5年で3店舗まで拡大していくが、改善しない家族の問題と、同時期に経験した自身の離婚をきっかけに、心身のバランスが崩れていく。

この時期、更に心理への理解を深めるため、NLP、コーチングについて学ぶ機会を得る。

そこで学んだ知識や技術を活かし、徐々に家族間の問題も好転、精神的な病に苦しみ続けていた妹を社会復帰させる経験を得る。そして同じ時期に2度目の結婚。

一見、人生全般が好転し始めたように見えるが、この結婚はわずか半年足らずで崩壊。2度目の離婚を経験する。

『自分以外の事柄は好転しているのに、なぜ私の人生は望むような現実にならないんだろう…』

この時期これまでの人生において、初めて『自分の人生』について考え始める。

当時34歳。

年齢的にも2度の離婚は、自分の人生を深く考えさせるには十分な理由になった。

そんな状況の中、福岡で白石慶次氏と出会い『じぶんブランド革命プロジェクト!』に参加する機会を得る。

自ら経営する飲食店を回しながら参加したプロジェクトの中で、多忙ではあったが多くの自問自答を繰り返す経験を通し、徐々にではあるが、次第に自分の人生についての答えを明確にしていくという経験を得る。

「私は、本当はどう在りたいのか?」

「私は、本当は何を望んでいるのか?」

自分自身と向き合う経験と、学び、身に付けた技術を用いて、プロのコーチとして生きていくことを決意する。

その決断後、飲食店を全て一括譲渡し、生活とビジネスの拠点を福岡へと移動。現在は大阪~東京へと拠点の幅を広げている。

『自分を楽しむことで、生きる喜び与えること」

自らのミッションを得た彼女は、これを拡大していくことに情熱を燃やしている。

いつしか彼女の関わった多くの女性は、彼女に憧れるようになり、クライアントである経営者は、自分の大事な人たちを彼女に紹介するようになった。

『自分の価値を認め、自分らしく輝き、生き生きとした人たちが溢れる世界を創造すること』

彼女のビジョンは決して小さなものではない。

もしかすると、彼女が生きている間に達成できるものではないのかもしれない。

しかし彼女は一切疑うことなく、自分のミッションとビジョンだけを真っ直ぐ見続けている。

 

 

トップセールスマン育成のプロフェッショナル

佐藤 優
営業コンサルタント

企業研修講師 / 営業コンサルタントとして、年間100回以上の社員研修を行う傍ら、ライフプランナーなどのフルコミッション営業マンのマンツーマンコンサルティングにも定評がある。

 

短期間で劇的に売上がアップするクライアントも多く、セールススキルはもちろん、コーチングスキルを活かした人材育成にも注力。

 

2007年大学卒業後、 NTT東日本へ入社。

 

警察庁や消防庁など、官公庁向けのシステム営業に従事し、社長賞や年間表彰などを受賞。その傍ら、2010年より新人営業マンの育成にも携わり、「長く成功し続けられる営業マン育成」をモットーに育成に力を入れる。

 

また2013年に外資系メーカーに転職後は、医療用医薬品の営業に従事。2年連続で年間MVPを受賞。

 

2015年に世界NO.1コーチ、マイケル・ボルダックの目標達成スキル、セールススキルを学び、独立後は企業研修講師、トップセールスマン育成のプロフェッショナルとして活躍している。

 

1983年、群馬県生まれ。

 

幼少期から野球・サッカー・バスケットボール・アメリカンフットボールとスポーツに明け暮れる。

 

度重なる大怪我にも負けず、4度の手術を乗り越えて選手生活を全うした。

 

大学卒業後、NTT東日本へ営業職として入社。個人向けのインターネット回線、法人向けのネットワークサービス、官公庁向けのシステムなど様々な営業に従事。

 

アスリート時代に培った、競争心と行動量で入社早々に、営業職として成果を出す。

 

様々な社内表彰を受け、順風満帆に見えていたが、30歳の時に大きな挫折を味わい、その後外資系の製薬メーカーに転職。全くの業界未経験から、初年度・2年目共に圧倒的な成果を出し、MVPを受賞。そして会社員時代に偶然、「じぶんブランド革命プロジェクト」と運命の出会いを果たす。

 

プロジェクト期間中に得た成果は12名のクライアントと529万円。卒業後も企業契約や日本代表選手との契約など、卒業後も活躍。

 

営業研修を行った企業では、1ヶ月で売り上げが2倍になった企業もあった。そして売上金額以上に、師と仰ぐ白石慶次やたくさんの仲間と出会えたことが大きかった。

 

現在は全国の企業の社員研修などを行いながら、「短期間で劇的な売上アップを実現させるコンサルタント」として、企業や個人に対してコンサルティングサービスを行っている。

 

「自社の商品やサービスを世の中に広める事こそ貢献である」という信念の元、企業や営業マンの売上アップのサポートにこだわり続けている。