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才能を発掘するのは〇〇の違い

 

From: 渡邉愛
 
 

「既存の物差しで才能を図っていては、
取りこぼすことがあるのだ」

 

オリエンタルラジオの中田敦彦さん
(あっちゃん)の著書「天才の証明」の一節です。

この言葉にハッとしました。

 

このブログでも
「才能」について何度か書きましたが、
この本を読んで、また新たな気づきがありました。
 
中でも、相方の藤森さんのエピソードが
とても印象的だったのでご紹介します。

 

 

 

オリエンタルラジオと言えば、
リズムネタでおなじみですが
最近では歌を出されたり
いろんな活躍をされていますよね。
 
本を読んで初めて知ったのですが
あのネタや歌はとても緻密に計算され、
徹底的な研究の末、作り上げられたものだそうです。
 
デビューから数年して、藤森さんは
「チャラ男」というキャラでブレークしましたが、
一見「チャラい」というマイナスに見える要素も
今では彼の強みとなっていますよね。

 

近頃の藤森さんは「俳優」としても活躍されていて、
役者として素晴らしい才能を発揮しているそうです。

 

監督が言ったことを
「わかりました」と言われた通りにやる。
 
撮り直しになっても、嫌な顔一つせず
何度でもやり直す。
 
こだわりの強い俳優さんなら
「監督、今のは違うと思います!」と
意見を言うこともあるそうなんですが
 
彼にはまったく「こだわりがない」
 
ただ言われたことを全うする。
 
「なんて使いやすい俳優なんだ!」と
絶賛されてるそうなんですね。
 
 

藤森さんは、これといったビジョンもなく、
何でもいいと思っている。
 
世間一般からすると、
それは短所に見えるかもしれませんし、
 
自分に拘って、
自分らしく生きる事に価値を置いているわたしにとっては、
 
「なんだかこれって、
自分に拘りもなく、自分を安売りしている生き方だな」

なんて感じたりもしました。
 
 

しかしそんな彼の要素も、見方を変え、場所を変えると
<誰かのビジョンにフィットする能力>として
活かされているという訳です。
 
 
ルックスや演技力だけが「俳優」の才能ではない。

という一つの才能を教えてくれている気がしたんです。

 

「何もない」ということが「才能」になる。
 
これってすごいことだと思うんです。

 

 

才能とは、
「その時代の価値基準」で評価されがちです。
 
でも時代は常に変わっていくもの。
 
一つの価値観に縛られていては、
才能を見つけることができません。

 
 
このように、才能を発掘するために重要なのが

《どんな前提を持っているか?》
 
その前提によって、

《才能を図る物差しも変わること》

ではないかと感じました。

 
 
もし、才能とは
「こうじゃなきゃいけない」
「こういうものだ」
 
などという前提のもとにあったら
彼の短所が長所に変わることは
なかったかもしれません。
 
では、どんな前提があったからこそ
この藤森さんのような才能が発掘されたのか?

 
 
あっちゃんは本の中で
 
「誰もが天才」
「自分の中の<天才>を発揮できる場所を探すこと」
 
と述べています。

 
 
「誰もが天才」という前提があったからこそ、
「何もない」ということが才能として発掘されたのだとおもうんです。
 
 

そして、

「自分の中の<天才>を発揮できる場所を探すこと」
 

これって、自分の中に〈天才〉という要素、
才能があることを前提として持っていて、
その才能を認識できていないと、
発揮できる場所も探せないと思うんです。
 
人は認識できないと行動に移すことが出来ないから。
 
 

わたしたちが、
 
自分の中に在る、才能や能力や魅力など
これらを活かして、自分らしく生きていくためには、
 
まず何より、自分の中に《在る》
という前提を持つことだなと改めて感じました。
 
 

もしかしたら、
 
あなた自身が短所だと思っているものは、
《才能》かもしれませんよ。。。
 
ほかの誰でもない、わたしを生きる。
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